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マイケル・ジャクソンの死の責任をめぐる裁判、遺族側が敗訴の判決

2009年に急死したマイケル・ジャクソンの死をめぐって、マイケルの遺族らが興行団体AEGを相手取って起こしていた裁判で、陪審は遺族らの訴えを退けてAEGにマイケルの死の責任はないとの判決を言い渡した。

マイケルとAEGは2009年にロンドンのO2アリーナで50公演からなるライヴ・シリーズ「ディス・イズ・イット」を企画・準備していたが、リハーサルを行っていたロサンジェルスで6月25日にマイケルは心臓発作により急死した。その後、マイケルは主治医のコンラッド・マレーから麻酔薬プロポフォールを過剰に処方されていたことが明らかになり、マレーは業務上過失致死で訴追され、有罪判決を受けたが、マイケルの遺族側は今回の裁判でAEGはマレーがマイケルの主治医にふさわしいか確かめることなく雇用したとしてAEGの責任を追及していた。

これに対してAEGはマレー医師がマイケルによって雇われたのであって、マイケルの死に至るまでAEG側の対応に落ち度はなかったと主張し、今回その主張が認められることになった。

今回の裁判の過程で注目されたのは、マイケルがかつての火傷事故などによる慢性的な痛みや不眠症に悩まされ、そのせいでどれだけ薬物に依存していたのかが検分されたことで、さらにスキャンダルに見舞われた後に自身の定評を再確立しようと図った世界でも有数のエンタテイナーが向き合わなければならなかった危なっかしい交渉事などの舞台裏を垣間見せることになったことだと『ビルボード』誌は伝えている。

特に幼児虐待の嫌疑をかけられた騒動に片を付け、その後の自身の定評を挽回するものとして「ディス・イズ・イット」にマイケルが臨んでいたことを、複数の証言者が裁判で語ることになったという。

しかし、ライヴ・シリーズの開幕が近づくとマイケルは不安に襲われることが少なからずあり、眠れなくなっていることを強く訴えていたと関係者らは法廷で証言した。その過程でマイケルはプロポフォールに頼るようになり、通常であれば手術室の外では使われないこの薬物をまとめて用意し、毎晩処方してくれる医師としてマレーを雇い入れたと関係者らは説明している。さらに証言からは、マイケルがプロポフォールを常用していたことはマイケルとマレーしか知らない事実だったことも明らかになっている。

マイケルの母親キャサリンに代表される遺族側は、マレーの行状についてしっかり調べなかったのはAEG側の怠慢だと主張し、結局のところ、大きな借金を抱えていたマレーと「ディス・イズ・イット」で莫大な興行収入を当て込んでいたAEGはどちらもマイケルの生命の危険についてはまったく顧みなかったとAEGの落ち度を追及していた。

しかし、AEGはマイケルの死はマイケル自身の選択の誤りによるもので、自身を死に至らしめた薬物と医師の両方において間違った選択をしたに過ぎないと抗弁し、死は自身の手で招いてしまったもので他の誰のせいにすることはできないとしていた。

また、AEGはマイケルがプロポフォールを常用していたことを知っていたなら、すぐにこのプロジェクトを中止にしていたはずだとも主張していて、「ジャクソン氏が毎晩自身の寝室でロシアン・ルーレットに匹敵する行為に耽っているのを知っていたなら、AEGとしてはこのツアーに出資できるはずがありませんでした」と反論していた。

さらにAEGはマイケルに対してマレーの雇用について異議を唱えていたにもかかわらず、マイケルが強くこだわったことも明らかにしていて、「(マレーの人件費は)マイケルの負担になるわけで、こちらからの反対を受け入れるわけもありませんでした」とその経緯を説明していた。最終的にAEG側はマイケルとマレーの双方に騙されたとしていて、この時のマイケルのリハーサル風景を追ったドキュメンタリー作品『THIS IS IT』の映像を法廷で上映しつつ、死の12時間前にマイケルはトップ・コンディションにあるかのように周囲の人間には思えていたのだと主張した。

また、AEGは80年代にマイケルが受けた重症の火傷の後遺症から強力な鎮痛剤を使っていたことなど、マイケルの薬物使用の経歴も紹介し、プロポフォールを実は90年代から使っていたことを明らかにしていた。

なお、AEGがマレーを雇ったのかどうかについては、AEGが作成したマレーの雇用契約書が存在することが明らかになり、マレーも署名はしていたものの、AEGとマイケルによる署名がなかったため、AEGは契約として成立しないと主張していた。遺族側はこれがAEGがマレーを雇い入れた証拠となると主張したが、AEGの主張が判決によって認められる形となった。

母親キャサリンは今回の係争は息子の死の真相を知るために起こしたものだったと説明していて、どちらの側にとっても見苦しい事実が白日にさらされることになったと語った。

元記事 : RO69 配信日時 : 2013.10.03